私の素敵なOLへの道
2005年8月22日「男がいればそれでいい。」と本気で思っている女がいたとしたら、さぞ嫌われるだろうなーと思うけど、ぶっちゃけ共感するものがある。
って書いてから思ったけど、やっぱりこういうことを公の場で言うのはあまり良くないな。
「男がいればそれでいい。」とは思わない。しかし「男がいなくてもそれでいい。」とも多分思えない。「男」と書くから誤解が生じるのだろうか。なら表現方法を変えよう。「大切な人がいればそれでいい。」と私は思う。もちろん一人とは限らない。友人も家族も含むなら、複数存在するのが当然だ。
私は両親からかなりの愛を受けて育ったことを認識しているから、愛情に対して相当貪欲だ。純度100%の愛情を注げる人を随分幼い頃から探し続けていた。父とラブラブな母をずっと見続けていたせいもある。
「誰かを心から愛する。」というのが私の人生の目標だったのだろう。随分アホな目標を掲げてしまったものだと、今は激しく後悔している。
だってこれほど頼りない目標も無い。愛したはいいけど、その後壊れたらどうすんのという感じではないか。元カレ(まだこの言い方が馴染まないな。)が刹那的だったと前回書いたばかりだが、私だってかなり刹那的なものを求めていたのだから、結局似た者同士だったのかもしれない。
私のBLOGはやたら愛だの恋だのというテーマが出てくるので、そういったフレーズに嫌悪感を感じる方は即刻退散していると思われる。だから開き直って書いちゃうけど、私はこの度「愛」とかいうものの端っこ位は理解できたように思える。
いや、実際私のような小娘が、「愛」とかいう誰も理解できない大層なものの定義を知っているとは到底思えないのだが、でも偉い人に「おまえのは所詮愛ではないぞ。」と言われたら激しく反発したいんだもん。
ユーミンの「卒業写真」の中に
"あなたは私の青春そのもの"
というフレーズがあることはどなたもご存知のことと思う。この歌詞を照らし合わせるまでもなく、元カレは私の大学時代そのものだったと言えるが、いざ別れると決まったとき、私は「彼を失って私の大学生活何が残るのかな。」と一瞬でも思ってしまった。後から考えてみればほかの素晴らしい思い出が後から後からどんどん思い出されるのに。
誤解を恐れずに書くけど(だって心からそう思うんだもん。)、私は大学四年間を費やして、「人を愛すること」を学んだのだと思う。学費を払ってくださった父母に申し訳ない。私は本来の授業以上に、この課外活動に夢中になってしまったよ。
しようと思ってできることではないから貴重だったとも言える。しかし、そもそもこのような「どっぷり恋愛体質」なところが私のよくないところで、今回の失恋が「成長期」なのだとすれば、それに気付けと運命が教えてくれているのだろう。
「意味の無いことはこの世に何一つ無い。」と言ってくれた友人がいる。そうだよね。きっと今回の失恋も、長い目で見れば必ず意味があることなんだ。
って書いてから思ったけど、やっぱりこういうことを公の場で言うのはあまり良くないな。
「男がいればそれでいい。」とは思わない。しかし「男がいなくてもそれでいい。」とも多分思えない。「男」と書くから誤解が生じるのだろうか。なら表現方法を変えよう。「大切な人がいればそれでいい。」と私は思う。もちろん一人とは限らない。友人も家族も含むなら、複数存在するのが当然だ。
私は両親からかなりの愛を受けて育ったことを認識しているから、愛情に対して相当貪欲だ。純度100%の愛情を注げる人を随分幼い頃から探し続けていた。父とラブラブな母をずっと見続けていたせいもある。
「誰かを心から愛する。」というのが私の人生の目標だったのだろう。随分アホな目標を掲げてしまったものだと、今は激しく後悔している。
だってこれほど頼りない目標も無い。愛したはいいけど、その後壊れたらどうすんのという感じではないか。元カレ(まだこの言い方が馴染まないな。)が刹那的だったと前回書いたばかりだが、私だってかなり刹那的なものを求めていたのだから、結局似た者同士だったのかもしれない。
私のBLOGはやたら愛だの恋だのというテーマが出てくるので、そういったフレーズに嫌悪感を感じる方は即刻退散していると思われる。だから開き直って書いちゃうけど、私はこの度「愛」とかいうものの端っこ位は理解できたように思える。
いや、実際私のような小娘が、「愛」とかいう誰も理解できない大層なものの定義を知っているとは到底思えないのだが、でも偉い人に「おまえのは所詮愛ではないぞ。」と言われたら激しく反発したいんだもん。
ユーミンの「卒業写真」の中に
"あなたは私の青春そのもの"
というフレーズがあることはどなたもご存知のことと思う。この歌詞を照らし合わせるまでもなく、元カレは私の大学時代そのものだったと言えるが、いざ別れると決まったとき、私は「彼を失って私の大学生活何が残るのかな。」と一瞬でも思ってしまった。後から考えてみればほかの素晴らしい思い出が後から後からどんどん思い出されるのに。
誤解を恐れずに書くけど(だって心からそう思うんだもん。)、私は大学四年間を費やして、「人を愛すること」を学んだのだと思う。学費を払ってくださった父母に申し訳ない。私は本来の授業以上に、この課外活動に夢中になってしまったよ。
しようと思ってできることではないから貴重だったとも言える。しかし、そもそもこのような「どっぷり恋愛体質」なところが私のよくないところで、今回の失恋が「成長期」なのだとすれば、それに気付けと運命が教えてくれているのだろう。
「意味の無いことはこの世に何一つ無い。」と言ってくれた友人がいる。そうだよね。きっと今回の失恋も、長い目で見れば必ず意味があることなんだ。
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