3月26日の日記、二本立て。
学科の友達四人衆(ミキティ、まゆげ、Qoo、りん)で卒業パーティ。
式後、各々の用事を済ませ、Qoo宅に集合。近所のスーパーで大量の酒と食べ物を購入。欲望のままに買いまくったのが災いし、いざ食べようとした段になって「肉と揚げ物しかないよ!」と気づく。女が四人もいるというのになんたる有様だ、と嘆きながら、さらにソーセージの乗ったピザを注文。一晩で一気に肥える予感。
何はともあれシャンパンで乾杯。「卒業、おめでとう!」
学生最後の晩、Qoo&まゆげから予想だにしなかった衝撃の告白を聞いてしまい、「栄枯盛衰は世の理よのう…。」と、ひとり、嘆息。風邪気味らしいQooと傷心のまゆげは、早々に就寝。布団にくるまりながら物思いに耽るミキティと私。
男女交際に関して。
私は少し誤解していた。恋人がいたとして、その人と"一緒にいる"ことが目的であって、"付き合う"ことが目的じゃない。だから、たとえ喧嘩をするにしても、一緒にいるためにどうすればよいかを考えるべきではないか? 私たちの人生を旅にたとえるなら、恋人と向かい合ってても何も始まらない。二人で前方を見据え、とりあえずあれを目標にしようか、と決め、そこに至るまでに出くわす障害物(喧嘩)を協力して乗り越えたい。互いに向かい合って相手が障害物になってしまうような付き合いは悲しい。ベクトルは常に前方(未来)に向けたい。その人と"一緒にいたい"と思うなら。
自分を愛せないのに他人を愛せるはずがない、と聞いたことがあるけど、当時は「そう?」程度に思っていた。最近になって「ああ、そうかもなあ。」と思う。なぜなら、自分に余裕がなければ、注目するのはいつだって「自分」になってしまう。「自分」が気持ちよくあるために付き合うべきじゃない。付き合うとは、余裕を持てるようになった大人の行為。「自分」のためではなく、「自分と相手」のための行為だろう。
そんなことをうねうねと考えながら、早朝五時半、就寝。
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起床後。
新着メール一件受信 from 土日連続で休日出勤中のマイ・ラヴァー。
サリーちゃんのパパ状態になった髪を濡らしてブローして、酒臭くないかしら自分、と気にしながらQoo宅を出発 → 仕事を翌朝に持ち越した彼と待ち合わせ@新宿。遅ればせながらホワイトデーのプレゼントを買ってくださるとのことで、東急ハンズへ連行。
ずっと欲しかったパティシェナイフや、ケーキの回転台や、粗熱をとるための大きめの網、タルトレット型などを物色。「こんなのでいいの?」と言われながら、ケーキの焼き型×2と粉ふるい器を買っていただく。こんなのでいいの。これが欲しいの。
夕飯は駒込の居酒屋で。…と思いきや。
「●駒」という居酒屋の雰囲気が良いとのことで付いていったものの、「この風景は違う…。」と言い出すマイ・ラヴァー。普段用も無いのに持ち歩いてる地図も、こんな日に限って無いらしい。どないすんのん?と思い始めた頃、衝撃の台詞が。
「「●駒」という店名に騙されてた!駒込じゃなくて大塚だった!いやー俺としたことが。不覚!さあ、行こう!」
( ̄□ ̄;)!!
落語のような展開にもくじけず、気を取り直して大塚へ。ようやく見つけた「●駒」にて乾杯。「卒業、おめでとう。」「ありがとう。」ジョッキよりグラス派の私は瓶ビールをリクエスト。二人で一本を片づけた後、彼は舞浜の地ビールを、私は泡盛の入ったスッキリ梅酒を。ぼんちりのぽんず和えや、ホカホカのおでん(大根、つくねなど)をつまみつつ、ディープな話を。
人とお酒を飲む。ただそれだけなのに、楽しい場合と楽しくない場合がある。どうしてだろう。誰かと100%一致する価値観を持ち合わせるなんてあり得ないけど、より多く一致してる人と話す方が楽しい、そう思っていた。そうでもないな、と。この人と意見を交わすようになって一年近く経つが、最初は随分一致してると思ってた部分も些細なところでやはり違うことに気づいた。それでも楽しい。価値観とは「何を語るか」でしか表せないけど、「どう語るか」が重要なんだろうな、と。だから、少々考え方が違っても、話すときのテンション、目線の合わせ方、笑うタイミング、などが自分にとって心地良い人となら、きっと、どんな話でもできる。逆もまた然り(←悲しいことだけど)。
某駅で電車を降りるマイ・ラヴァー。別れ際はいつもそうだけど、姿が見えなくなるまで見てしまう。後ろ姿でも見られればそれでいいのに、何度も振り返ってくれる。恋愛にまつわる悩みを聞く度に、私は頭をひねる。たしかに「付き合う」とは大変なことだ。でも私は、恋愛に付きものの悩みがどうのこうのというよりも、「自分が恋をしている。」という胸がぎゅーっとする事実の方が気になって仕方ない。
学科の友達四人衆(ミキティ、まゆげ、Qoo、りん)で卒業パーティ。
式後、各々の用事を済ませ、Qoo宅に集合。近所のスーパーで大量の酒と食べ物を購入。欲望のままに買いまくったのが災いし、いざ食べようとした段になって「肉と揚げ物しかないよ!」と気づく。女が四人もいるというのになんたる有様だ、と嘆きながら、さらにソーセージの乗ったピザを注文。一晩で一気に肥える予感。
何はともあれシャンパンで乾杯。「卒業、おめでとう!」
学生最後の晩、Qoo&まゆげから予想だにしなかった衝撃の告白を聞いてしまい、「栄枯盛衰は世の理よのう…。」と、ひとり、嘆息。風邪気味らしいQooと傷心のまゆげは、早々に就寝。布団にくるまりながら物思いに耽るミキティと私。
男女交際に関して。
私は少し誤解していた。恋人がいたとして、その人と"一緒にいる"ことが目的であって、"付き合う"ことが目的じゃない。だから、たとえ喧嘩をするにしても、一緒にいるためにどうすればよいかを考えるべきではないか? 私たちの人生を旅にたとえるなら、恋人と向かい合ってても何も始まらない。二人で前方を見据え、とりあえずあれを目標にしようか、と決め、そこに至るまでに出くわす障害物(喧嘩)を協力して乗り越えたい。互いに向かい合って相手が障害物になってしまうような付き合いは悲しい。ベクトルは常に前方(未来)に向けたい。その人と"一緒にいたい"と思うなら。
自分を愛せないのに他人を愛せるはずがない、と聞いたことがあるけど、当時は「そう?」程度に思っていた。最近になって「ああ、そうかもなあ。」と思う。なぜなら、自分に余裕がなければ、注目するのはいつだって「自分」になってしまう。「自分」が気持ちよくあるために付き合うべきじゃない。付き合うとは、余裕を持てるようになった大人の行為。「自分」のためではなく、「自分と相手」のための行為だろう。
そんなことをうねうねと考えながら、早朝五時半、就寝。
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起床後。
新着メール一件受信 from 土日連続で休日出勤中のマイ・ラヴァー。
サリーちゃんのパパ状態になった髪を濡らしてブローして、酒臭くないかしら自分、と気にしながらQoo宅を出発 → 仕事を翌朝に持ち越した彼と待ち合わせ@新宿。遅ればせながらホワイトデーのプレゼントを買ってくださるとのことで、東急ハンズへ連行。
ずっと欲しかったパティシェナイフや、ケーキの回転台や、粗熱をとるための大きめの網、タルトレット型などを物色。「こんなのでいいの?」と言われながら、ケーキの焼き型×2と粉ふるい器を買っていただく。こんなのでいいの。これが欲しいの。
夕飯は駒込の居酒屋で。…と思いきや。
「●駒」という居酒屋の雰囲気が良いとのことで付いていったものの、「この風景は違う…。」と言い出すマイ・ラヴァー。普段用も無いのに持ち歩いてる地図も、こんな日に限って無いらしい。どないすんのん?と思い始めた頃、衝撃の台詞が。
「「●駒」という店名に騙されてた!駒込じゃなくて大塚だった!いやー俺としたことが。不覚!さあ、行こう!」
( ̄□ ̄;)!!
落語のような展開にもくじけず、気を取り直して大塚へ。ようやく見つけた「●駒」にて乾杯。「卒業、おめでとう。」「ありがとう。」ジョッキよりグラス派の私は瓶ビールをリクエスト。二人で一本を片づけた後、彼は舞浜の地ビールを、私は泡盛の入ったスッキリ梅酒を。ぼんちりのぽんず和えや、ホカホカのおでん(大根、つくねなど)をつまみつつ、ディープな話を。
人とお酒を飲む。ただそれだけなのに、楽しい場合と楽しくない場合がある。どうしてだろう。誰かと100%一致する価値観を持ち合わせるなんてあり得ないけど、より多く一致してる人と話す方が楽しい、そう思っていた。そうでもないな、と。この人と意見を交わすようになって一年近く経つが、最初は随分一致してると思ってた部分も些細なところでやはり違うことに気づいた。それでも楽しい。価値観とは「何を語るか」でしか表せないけど、「どう語るか」が重要なんだろうな、と。だから、少々考え方が違っても、話すときのテンション、目線の合わせ方、笑うタイミング、などが自分にとって心地良い人となら、きっと、どんな話でもできる。逆もまた然り(←悲しいことだけど)。
某駅で電車を降りるマイ・ラヴァー。別れ際はいつもそうだけど、姿が見えなくなるまで見てしまう。後ろ姿でも見られればそれでいいのに、何度も振り返ってくれる。恋愛にまつわる悩みを聞く度に、私は頭をひねる。たしかに「付き合う」とは大変なことだ。でも私は、恋愛に付きものの悩みがどうのこうのというよりも、「自分が恋をしている。」という胸がぎゅーっとする事実の方が気になって仕方ない。
コメント
「姿が見えなくなるまで見てしまう」うーーーなんて甘美なっ!!
学生の時、バックミラーに映る彼女を見続けてバスにカマ掘りましたのを思い出しました(爆)
ありがとうございます!卒業してしまいました。
ちゃんとやっていけるかどうかで今は不安ですが、「社会人生活は悪くないよ。」と語る人が周りにたくさんいるので、随分励まされます。
パパー、卒業しちゃった!!
わかりますー、わかりますよー。私も後ろ姿を見送ってるうちになんかしでかすんじゃないかと、常に不安です。先日は電車内でひとりニヤニヤしてたと思われますし。ひー!
卒業おめでとうございます(_ _)♪
今まで何回かの卒業を経験しましたが、
大学の卒業となると、やっぱりいろいろ感じるものがありそうですね。
っていうかですね、りんさん。
私、最近無性に・・・・・普通のOLになりたいデス!(>Д<)
どうもあざーす♪
初夏ちゃんの方こそ、色々(花粉症とか)お疲れさま。
そうね、私は大学が小・中・高・大の中では一番充実してた気がするので、なおさら感慨深かった気がします。
ところで…ど、どーした!?
あのね、最新ヒミツ日記にフリーのメアド記載しておくから、就活の件で悩みがあったら、捨てアドで構わないからいつでも連絡くださいな。