Tomorrow will know

2006年4月9日
10時半に目覚めたのに、13時15分起床。(なぜだ?)

外はピーカン。「今日も会社に行かなきゃ…。」と語るマイ・ラヴァーと、新聞&雑誌&洗濯物の山の狭間で化粧をする私。「我ながら、この部屋の状態はかなりMAXだな…。」「たしかに。自分でも嫌なんだ?」「そりゃ、嫌だよ。」「でも片づける時間が無いでしょ?」「そうなんだよ。」「家政婦さんが必要ね。」「あー…。」「一ヶ月につき二万円だったら雇う?」「高いな。」「そう?」「そんなに出すならもっと広い部屋に住む!」という会話の合間にも彼はすぐ寝るので、注意が必要。

目覚まし代わりにミスチル(ベスト盤)をかけながら。

「やっぱり…ミスチルだよね。」と意味不明の感想を言ったり、曲に合わせて(寝癖を揺らしながら)ハミングしたり、「りんはどの曲が好き?」と言われたり。迷った挙げ句、「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」&「口笛」をリクエスト。彼が好きだという「つよがり」「名もなき詩」などを、一人では絶対にできない体勢で聴く。

永遠の名曲「Tomorrow never knows」を聴きながら。

彼が最近読んだ本によると、「妄想と想像は異なる」そうで。妄想とは、記号的なもの。想像とは、具体的なもの。そして、強い想像力だけが現実を変成する力を持っている。強い想像力を持っていれば、100%想像した通りの未来が訪れる、ということじゃない。そうじゃなくて、強い想像力を持った人はあまりに多くのディテールを深く具体的に想像する習慣があるせいで、訪れるどんな未来のうちにも必ず「想像した通り」の断片を発見してしまう、ということだ。「私の理想はトイレの『置き本』に永井荷風の『断腸亭日乗』とオルコットの『若草物語』を並べて置いてある人」という想像を(うっかり)してしまった人は、たまたま訪れた男性の家のトイレに入ったとき、「もはや逃れることのできぬ宿命の手につかまれた」ような気分になる、と。

今日、思い出した。

後付けではなく、私は、部屋が本で埋め尽くされていて、ミスチルとスピッツが好きで、お酒が好きで、ちょっと年上で、美味しいお店にやたら詳しくて、○○業界の人で、○○大学を出ていて、文系で、オシャレには無頓着で、雑学豊富で、ギターが弾けて、私の小難しい話にも付き合ってくれて、黒髪で、グラビアアイドルが好きで、という人を、たしかに一度はリアルに想像していた。「強い想像力を備えた人は構造的に幸福な人だ。」と、本にある。私は幸福か? 幸福だ。明日(未来)は決して覗けないけど、明日(未来)を想像することはできる。Tomorrow never knows.

スプリングコートさえ脱ぎたくなる気候の中、マンションを出て、坂道をゆく。

途中で蒸したてのお饅頭を買う。半分こしてハフハフ食べながら、日曜日の幸福な空気を貪欲に味わおうと、深呼吸。「りんは強い想像力の持ち主だ。」という彼の言葉がとても嬉しい。ちょっぴりせつない歌詞が含まれる「つよがり」と「名もなき詩」に対し、幸福感と幸せな未来への希望に満ちる歌詞ばかりでできた「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」と「口笛」を私がリクエストしたのも、ずっと今のままでいたいなあ、という想像力によるものでは、ということに彼が気付いたかどうかは謎。


さあ 手を繋いで 僕らの現在が途切れない様に
その香り その身体 その全てで僕は生き返る
夢を摘むんで帰る畦道 立ち止まったまま
そしてどんな場面も二人なら笑えますように

(Mr.Children・『口笛』より。)

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