見えないアルタイル
2006年7月7日生まれて初めてひとりで飲む@地元のバー。
駅前にチェーン系居酒屋が何軒かあるだけの我が地元。一ヶ月ほど前にできたばかりのこのバーは入りやすそうな雰囲気で、私は入り口のガラスから中を覗いた。マスターらしき男性が手招きした。会社帰りの格好のまま、私は扉を開けた。扉は重くなかった。
店内は広くも狭くもなく、カウンター席がL字型に約10席。入り口近くに丸テーブル×3。促されるまま、私はL字の直角部分に腰を下ろし、差し出されたおしぼりで手を拭いた。アマレットが飲みたかったので、アマレットで何か適当に作ってください、と言った。ウィスキーは平気ですか、と聞かれたので、たぶん、と答えた。少し強めの酒が出た。名前は忘れてしまった。
マスターは33歳で陽気な人だった。名前を聞かれたので、名字を告げた。下の名前も聞かれたので、下の名前も教えた。「○○ちゃんか!」と、彼は出会って五分で私をちゃん付けした。カウンター席はほぼ満席で、半分以上はペアだった。私の隣にいた男性は私より10歳以上年上の風貌で、何の仕事をしているのかわからない出で立ちだった。彼はマスターに「モルトを。」と注文し、ラフロイグを飲んだ。ひとりになりたくて家に帰らなかった私は、陽気すぎるマスターとラフすぎる店内の空気にやや圧倒されていた。
「いつもひとりで飲むのー?」とマスターが問うた。私は、初めてです、と答えた。「デビュー戦か!」とマスターは大きな声を出した。じっくり味わうというよりジュースでも飲むみたいに酒を体に入れる私の横で、モルトの男は煙草を吸った。ごく自然な素振りで、彼は私に話しかけてきた。タイミング、口調、台詞。電車が定刻に発車するかのごとく自然で違和感がなかった。
「家で飲むと、とめてくれる人がいないから。」とその人は言った。そうですね、と私は言ったけど、よくわからなかった。私にとって酒は必需品じゃない。人がとめなくても、自分がとめる。酒が必需品じゃないはずの私は家で得られない何かを求めてここに来て、それだけはその人と共通していた。「家では何を飲むの?」と問われたので、日によります、と答えたら、「今は何を?」と問われた。今はサントリーの角しかないので、正直に答えた。「角かい!?」と彼はのけぞった。安いしどこにでも売ってるから、というのが私の返しだけど、彼は、角かよー、すげえなあー、としきりに笑った。何がおかしいのかわからなかった。
彼の飲むモルトを私は眺めた。あなたはどうしてモルトなの、と聞こうとしてやめた。「モルトは好き?」と問われた。どちらでもありません、と答えた。「飲むことはある?」と問われたので、私は少し考えてから、たまに、と言った。人のを舐めるくらいなら、と。その人とマスターは「女のモルト飲みは厄介だなー。」と言った。「モルト好きの男には気をつけろ。」というのがその人とマスターの意見で、男に促されるままモルトを飲むようになる女が後を絶たないらしい。そういう女の末路について彼らは多くを語らなかったけど、私はあまり聞きたくない気がした。何かを求めてバーに来た私は、求めると同時に何かを忘れたくてここに来た。忘れたいのに忘れさせてくれない男たちを呪う気にもなれず、どうしたって私を捕らえて離さないものがラフロイグに重なった。
一杯だけ飲もう、という思いつき通り、一杯だけ飲んで出た。
酒とはなんだろう。家族と食卓を囲むときに酒は(不思議と)必要なくて、仲の良い友達と飲むときも二・三杯で十分だ。素面の方が楽しいときさえある。疲れていると妙に苦い麦酒より、ごはんとおかずの方が好き。だからこそ、私が飲みたくなるには「理由」があって、そこまで必要に迫られたこともかつて無く。私は意味もなく酒を飲む機会が多く、「理由」については深く考えもしなかった。お酒は二十歳になってから、というのは単に体に悪いとかそういうことより、飲む必要がないからか。
今日は七夕。自室の窓からは星も見えない。
駅前にチェーン系居酒屋が何軒かあるだけの我が地元。一ヶ月ほど前にできたばかりのこのバーは入りやすそうな雰囲気で、私は入り口のガラスから中を覗いた。マスターらしき男性が手招きした。会社帰りの格好のまま、私は扉を開けた。扉は重くなかった。
店内は広くも狭くもなく、カウンター席がL字型に約10席。入り口近くに丸テーブル×3。促されるまま、私はL字の直角部分に腰を下ろし、差し出されたおしぼりで手を拭いた。アマレットが飲みたかったので、アマレットで何か適当に作ってください、と言った。ウィスキーは平気ですか、と聞かれたので、たぶん、と答えた。少し強めの酒が出た。名前は忘れてしまった。
マスターは33歳で陽気な人だった。名前を聞かれたので、名字を告げた。下の名前も聞かれたので、下の名前も教えた。「○○ちゃんか!」と、彼は出会って五分で私をちゃん付けした。カウンター席はほぼ満席で、半分以上はペアだった。私の隣にいた男性は私より10歳以上年上の風貌で、何の仕事をしているのかわからない出で立ちだった。彼はマスターに「モルトを。」と注文し、ラフロイグを飲んだ。ひとりになりたくて家に帰らなかった私は、陽気すぎるマスターとラフすぎる店内の空気にやや圧倒されていた。
「いつもひとりで飲むのー?」とマスターが問うた。私は、初めてです、と答えた。「デビュー戦か!」とマスターは大きな声を出した。じっくり味わうというよりジュースでも飲むみたいに酒を体に入れる私の横で、モルトの男は煙草を吸った。ごく自然な素振りで、彼は私に話しかけてきた。タイミング、口調、台詞。電車が定刻に発車するかのごとく自然で違和感がなかった。
「家で飲むと、とめてくれる人がいないから。」とその人は言った。そうですね、と私は言ったけど、よくわからなかった。私にとって酒は必需品じゃない。人がとめなくても、自分がとめる。酒が必需品じゃないはずの私は家で得られない何かを求めてここに来て、それだけはその人と共通していた。「家では何を飲むの?」と問われたので、日によります、と答えたら、「今は何を?」と問われた。今はサントリーの角しかないので、正直に答えた。「角かい!?」と彼はのけぞった。安いしどこにでも売ってるから、というのが私の返しだけど、彼は、角かよー、すげえなあー、としきりに笑った。何がおかしいのかわからなかった。
彼の飲むモルトを私は眺めた。あなたはどうしてモルトなの、と聞こうとしてやめた。「モルトは好き?」と問われた。どちらでもありません、と答えた。「飲むことはある?」と問われたので、私は少し考えてから、たまに、と言った。人のを舐めるくらいなら、と。その人とマスターは「女のモルト飲みは厄介だなー。」と言った。「モルト好きの男には気をつけろ。」というのがその人とマスターの意見で、男に促されるままモルトを飲むようになる女が後を絶たないらしい。そういう女の末路について彼らは多くを語らなかったけど、私はあまり聞きたくない気がした。何かを求めてバーに来た私は、求めると同時に何かを忘れたくてここに来た。忘れたいのに忘れさせてくれない男たちを呪う気にもなれず、どうしたって私を捕らえて離さないものがラフロイグに重なった。
一杯だけ飲もう、という思いつき通り、一杯だけ飲んで出た。
酒とはなんだろう。家族と食卓を囲むときに酒は(不思議と)必要なくて、仲の良い友達と飲むときも二・三杯で十分だ。素面の方が楽しいときさえある。疲れていると妙に苦い麦酒より、ごはんとおかずの方が好き。だからこそ、私が飲みたくなるには「理由」があって、そこまで必要に迫られたこともかつて無く。私は意味もなく酒を飲む機会が多く、「理由」については深く考えもしなかった。お酒は二十歳になってから、というのは単に体に悪いとかそういうことより、飲む必要がないからか。
今日は七夕。自室の窓からは星も見えない。
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