紅のながい夜
2006年9月9日23時過ぎに「東京の中心にある知る人ぞ知るバー」へ行く。
何の変哲もないマンション。居住スペースから少し下りた半地下に、金属製の扉がある。それは一見ボイラー室へ通じる扉のよう。押しても引いても開かない。が、横にスライドすると拍子抜けするほどあっさりと道は開かれ、奥に人の気配を感じる。なんと、ここがバーの入り口なのだ。看板さえないし、店構えに関してだけなら「見つけてくれるな」と言わんばかりのふてぶてしさである。人と一緒に三回来た。ひとりで来たのは今日で二回目。
髭を生やした兄ちゃん(新人)が私に聞く。「今日もアマレットでいいですか?」と。はじめてひとりで来た一ヶ月前の夜を、兄ちゃんは覚えてた。「はい」と答えて、今日はアマレットをブランデーで割ってもらう。ウィスキーで割るより少しガーリッシュ。琥珀色の液体のなかでゆらゆら動くボールアイス。「氷がまるい!」と感動した日がちょうど一年前。表面積が小さいから溶けにくいゆえに味が長持ちする、という意味まで今は知るようになったなあ、と。
「今日も、待ってるんですか?」と、髭の兄ちゃんが問う。前回もそうだった。うふふ、と含み笑い(はずかしい)。一杯飲み終わる前に帰ってくるとは思えないから、時計を見ながらもう一杯。アマレットもベイリーズも、ずいぶん甘い。甘い液体は喉にも恋にも効く気がして、ひとりで飲む日はビールじゃないのよねと、私なりのコダワリも今はある。
チェックを終えて、待ち人未だ来ず。
預けてもらった鍵を使って先に部屋に戻る。ベッドの上に着替え(Tシャツと短パン)と、退屈しのぎ用の本二冊。私が来るとわかっていたらしい。彼のTシャツは、洗いたてでも彼の匂い。
まずは着替えて風呂掃除。ひとりだと湯船に浸かるのも面倒くさいのかな、と思いながら壁面をこする。掃除のあとは台所を借りて、バラを一本、一輪挿しに生けてみた。一輪挿しは彼が先月買ったもの。バラは今夜私が買ったもの。少々片づいたとはいえまだまだ物が多い居間に腰をおろし、パソコンデスクにバラを置く。「冷蔵庫に冷えたワインがあるから」というメールを受け、ワイングラスに赤い液を注ぐ。紅いバラに、紅いワイン。
たとえばここが夜景の美しいシティホテルの一室だったなら。遠くにレインボーブリッジを眺めながら、たとえばバカラのグラスで年代物のワインを飲みつつ、一輪ではなく束の薔薇があったなら。そして、待ち人が、いつも早く帰ってきたなら。実際は、北向きのベランダからそんなに遠くまでは見えないし、部屋はスイートルームのようにメンテされてないし、組み立て式のデスクには一輪挿しさえ置く場所に迷うほどのスペースしかない。どれもこれも「恋する女の子の理想」からはほど遠いけど。今は切り貼りされたような時間にしか会えない人の姿を部屋とバラにかさね、「そうだ、私は、お決まりのものよりこういうものが好きだった」と気付き、待つ時間を咀嚼した。
ようやく携帯が鳴ったと思ったら、「雨が降ってきた!悪いけど洗濯物を取り込んでくれない!?」という依頼。うわーそりゃ大変だ!と慌てて立ち上がったら、電話越しなのに「慌てんでいい!慌てんで!ゆっくりでいいから(キミは転ぶから)!」という早めの忠告が(くやしい)。ベランダに出たら、空が薄明るい。午前四時の九月の空は、夜明けを間近に控えて雷雨を抱き、普通の人(夜に寝て朝に起きる人)には想像できない色をしてる。トランクスと靴下ばかりの洗濯物を両手に抱えて部屋に入ったら、玄関が開いた。
おかえり、マイ・ダーリン(はぁと)。
何の変哲もないマンション。居住スペースから少し下りた半地下に、金属製の扉がある。それは一見ボイラー室へ通じる扉のよう。押しても引いても開かない。が、横にスライドすると拍子抜けするほどあっさりと道は開かれ、奥に人の気配を感じる。なんと、ここがバーの入り口なのだ。看板さえないし、店構えに関してだけなら「見つけてくれるな」と言わんばかりのふてぶてしさである。人と一緒に三回来た。ひとりで来たのは今日で二回目。
髭を生やした兄ちゃん(新人)が私に聞く。「今日もアマレットでいいですか?」と。はじめてひとりで来た一ヶ月前の夜を、兄ちゃんは覚えてた。「はい」と答えて、今日はアマレットをブランデーで割ってもらう。ウィスキーで割るより少しガーリッシュ。琥珀色の液体のなかでゆらゆら動くボールアイス。「氷がまるい!」と感動した日がちょうど一年前。表面積が小さいから溶けにくいゆえに味が長持ちする、という意味まで今は知るようになったなあ、と。
「今日も、待ってるんですか?」と、髭の兄ちゃんが問う。前回もそうだった。うふふ、と含み笑い(はずかしい)。一杯飲み終わる前に帰ってくるとは思えないから、時計を見ながらもう一杯。アマレットもベイリーズも、ずいぶん甘い。甘い液体は喉にも恋にも効く気がして、ひとりで飲む日はビールじゃないのよねと、私なりのコダワリも今はある。
チェックを終えて、待ち人未だ来ず。
預けてもらった鍵を使って先に部屋に戻る。ベッドの上に着替え(Tシャツと短パン)と、退屈しのぎ用の本二冊。私が来るとわかっていたらしい。彼のTシャツは、洗いたてでも彼の匂い。
まずは着替えて風呂掃除。ひとりだと湯船に浸かるのも面倒くさいのかな、と思いながら壁面をこする。掃除のあとは台所を借りて、バラを一本、一輪挿しに生けてみた。一輪挿しは彼が先月買ったもの。バラは今夜私が買ったもの。少々片づいたとはいえまだまだ物が多い居間に腰をおろし、パソコンデスクにバラを置く。「冷蔵庫に冷えたワインがあるから」というメールを受け、ワイングラスに赤い液を注ぐ。紅いバラに、紅いワイン。
たとえばここが夜景の美しいシティホテルの一室だったなら。遠くにレインボーブリッジを眺めながら、たとえばバカラのグラスで年代物のワインを飲みつつ、一輪ではなく束の薔薇があったなら。そして、待ち人が、いつも早く帰ってきたなら。実際は、北向きのベランダからそんなに遠くまでは見えないし、部屋はスイートルームのようにメンテされてないし、組み立て式のデスクには一輪挿しさえ置く場所に迷うほどのスペースしかない。どれもこれも「恋する女の子の理想」からはほど遠いけど。今は切り貼りされたような時間にしか会えない人の姿を部屋とバラにかさね、「そうだ、私は、お決まりのものよりこういうものが好きだった」と気付き、待つ時間を咀嚼した。
ようやく携帯が鳴ったと思ったら、「雨が降ってきた!悪いけど洗濯物を取り込んでくれない!?」という依頼。うわーそりゃ大変だ!と慌てて立ち上がったら、電話越しなのに「慌てんでいい!慌てんで!ゆっくりでいいから(キミは転ぶから)!」という早めの忠告が(くやしい)。ベランダに出たら、空が薄明るい。午前四時の九月の空は、夜明けを間近に控えて雷雨を抱き、普通の人(夜に寝て朝に起きる人)には想像できない色をしてる。トランクスと靴下ばかりの洗濯物を両手に抱えて部屋に入ったら、玄関が開いた。
おかえり、マイ・ダーリン(はぁと)。
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